介護処遇改善 6月改定 通所介護経営者が固める3点【令和8年】
火曜の午後、川崎にある通所介護の管理事務所。A理事長が手元のA4ファイルを開きながら、ぽつりと言う。「6月改定の通知、印刷はしたんだけどさ。どこから手を付けたらいいのか分からないんだよ」。デスクの上には、令和8年3月13日付の老発第6号通知が裏返しのまま置かれていた。今日はこの場面から書き始めたい。
2026年6月、介護報酬の臨時改定が施行された。中心は処遇改善加算の見直しと、職員の月給化を後押しする運用ルールの整備。通所介護を運営する経営者・管理者にとっては、加算届と賃金規程の両方を同時に動かす夏になる。私のクライアントの中にも、6月初旬の通知を見て「とりあえずファイリングだけして放置」している事業所が何件かあった。厚労省の特設ページを開いた瞬間、PDFの本数に圧倒されて画面を閉じてしまう気持ちは、正直よく分かる。
ただ、ここで止まると7月の届出スケジュールに間に合わなくなる事業所が出る。今日は通所介護の経営者が、この夏に最低限固めておく3点に絞って整理する。
そもそも、6月改定で何が動いたのか
令和8年6月施行の臨時改定は、厚労省「令和8年度介護報酬改定について」の特設ページに、関連通知・告示・Q&Aが束ねて掲載されている。今回の改定で軸になっているのは、処遇改善加算の運用ルール再整理と、書類様式の更新である。
背景にあるのは、3年に一度の本改定(令和9年度予定)を待たずに、賃上げ原資の流れを先行して整えたいという厚労省側の意図だ。介護人材の確保が業界全体で限界に近づいているのは、私がいちいち書くまでもない。施設の現場で「人が辞める前提でシフトを組む」状態が常態化している経営者なら、肌感覚で分かるはずだ。
制度の中身に踏み込む前に、まず通知の発出日と文書番号だけは押さえてほしい。令和8年3月13日、老発0313第6号。これが今回の運用基準のベース文書である。事務処理手順と新様式、そして処遇改善加算に関するQ&A(第1版)がセットで出ている。Q&Aの版が将来差し替えられても、第1版時点の解釈は履歴として残るので、PDFは必ず保管しておく。
では、通所介護の経営者として、何から動けばいいのか。
固める1点目──「賃金台帳と支給形態」の現状写真を撮る
最初にやるべきは、現場の指示でも、加算届の書類作成でもない。自施設の今の賃金支払いがどう動いているかを、写真のように1枚で見える化すること。これに尽きる。
処遇改善加算は「いくらもらうか」より「もらった原資をどう配分し、どう記録するか」が問われる加算だ。私が見てきた中で、届出の差し戻しや実績報告の指摘を受ける事業所には、ほぼ例外なくこの基礎が崩れている。基本給・各種手当・賞与の区別が曖昧、ベースアップ分と一時金の境目が不明、加算原資の振り分け先が前年と整合していない。書類が悪いのではなく、台帳が動いていないのだ。
うちのクライアントには、以下の3つを1日で揃えてもらうことから始めてもらっている。
- 直近12ヶ月の賃金台帳(職員区分ごとに分けたもの。介護職員・看護職員・事務職員の境界を明確に)
- 給与規程の最新版(手当の定義、特に処遇改善手当の支給根拠の条文)
- 前回の処遇改善計画書と実績報告書(加算原資の配分実績)
この3点が同じテーブルに揃って初めて、6月改定後の様式に何を転記すべきかが見える。逆に揃わないまま新様式に着手すると、毎年6月に同じ事故が起きる。「去年と数字が合わない、なぜなのか説明できない」と詰まる夜が、また来るだけだ。
派手な動きではない。でも、ここを飛ばして加算届を出した事業所は、夏の終わりに必ず後悔する。
固める2点目──業務時間の「見える化」を1週間だけでも回す
6月改定のもう一つの軸は、業務改善・生産性向上の取り組みを、加算運用の土台に組み込む方向にある。令和6年4月に新設された生産性向上推進体制加算を含め、業務改善活動と賃金改善は今後ますます連動して評価されると見ておいた方がいい。これは私の経営判断としてだが、6月通知を読み込んだ感触として、その方向は揺らがないと思う。
とはいえ、「明日からテクノロジー導入」と言われても現場は動かない。私がいつもクライアントに勧めているのは、1週間だけ、職員一人ひとりの業務時間を15分単位で記録してもらう。これだけだ。タブレットでもエクセルでも紙でもいい。重要なのは、誰が・どの業務に・どれだけ時間を使っているかを数字で出すこと。
うちで関わった通所介護の事業所では、この1週間の記録だけで「介護記録の手書き転記に1日40分かかっている」「送迎準備の電話確認が、実は2人の職員でダブっていた」という事実が出てきた。改善案を出す前に、まず数字で殴る。これが業務改善の唯一のスタート地点だと、私は思っている。
記録ができたら、月例の運営会議で1テーマだけ選んで議題にする。複数の問題を同時にいじろうとして、結局どれも進まない──これも、私自身が何度もやった失敗だ。
「現場の改善余地、どこから手を付けるか」の答えは、想像ではなく1週間分の生のデータが持っている。
固める3点目──「やらないこと」を経営者が先に決める
3点目は、書類でも数字でもない。経営者の意思決定の話だ。この夏、何をやらないかを先に決める。これが3点目になる。
処遇改善加算の届出も、業務改善のキックオフも、6月通知の読み込みも、どれも時間がかかる作業だ。これを既存の管理者・サービス提供責任者・事務職員が同時に走ろうとすると、必ずどこかが破綻する。私のクライアントで、6月の改定対応に追われて7月のレセプト点検が手薄になり、返戻が普段の3倍出た事業所があった。守るべきフローを倒してまで改定対応するのは、明らかにやり過ぎなのだ。
経営者として、夏の優先順位はこの順番で固めておきたい。
- 7月のレセプト・実績の通常運用(これは絶対に止めない)
- 処遇改善加算の届出・賃金規程の整合(自治体への確認含む)
- 業務改善のキックオフ(1週間の時間記録から)
- 新規の研修・採用イベント(夏は止めてもいい。秋以降に動かせる)
4番を「秋に回す」と経営者が言葉にした瞬間、現場の空気が変わる。「やらないと宣言された仕事は、本当にやらなくていい」と職員が感じられるかどうかで、この夏を乗り切れるかが決まる。曖昧にしておくと、結局全員が全部に手を出して、全部が中途半端になる。私自身、創業初期の3年間でこの失敗を何度も繰り返した。
判断の質が、この時期は本当に経営の体力を左右する。
1週間後、A理事長の事務所はどう変わるか
冒頭の場面に戻る。A理事長は、通知のPDFを裏返しにしたまま、まだ手を付けていない。けれど、3点の優先順位を一緒に整理した翌週、事務所のホワイトボードには「7月:レセプト最優先/処遇改善届出8月3日まで/時間記録は来週月曜から1週間」と書かれていた。
派手な改革は何も入っていない。むしろ、新しいことをやらないと決めた量の方が多かった。それでも、毎年6月に同じ場所で詰まっていた事業所が、今年は7月の運用に入る前に判断を終えていた。
制度改定の本質は、書類を作ることでも、加算を取り切ることでもない。経営者が、夏のあいだ何に時間を使うかを腹で決める。それだけだと思う。Reliefがクライアントの届出代行や賃金規程整備で関わるとき、私が最初に問うのもこの一点だ。
来月のあなたの事務所に置かれた通知は、表向きか、裏向きか。
出典・参考情報
- 令和8年度介護報酬改定について(厚生労働省、確認日:2026年6月24日)
- 令和6年度介護報酬改定について(厚生労働省、確認日:2026年6月24日/生産性向上推進体制加算の根拠ページ)
- 介護サービス事業者の皆様へのお知らせ(厚生労働省、確認日:2026年6月24日)
※ 上記リンクは掲載時点のものです。各種届出の細部要件・期日・単位数は、所管の都道府県/市町村にご確認ください。本記事は制度概要の解説であり、個別の届出代行や法律相談ではありません。
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