介護報酬改定 令和9年度の論点5つと備え3点【2026】
「これ以上、加算を増やされても取りにいけません」
先週の木曜、岐阜市の通所介護事業所でのことです。事務室の机には処遇改善加算の実績報告の控えが積まれていて、管理者のDさんは付箋だらけの手引きを指で押さえていました。私はその場で、うまい返しができませんでした。
その翌日、厚生労働省は令和9年度介護報酬改定に向けた論点を、5本まとめて世に出しています。Dさんのあの一言と、公開された資料の中身は、たぶん同じところを指しています。
令和9年度改定の論点は、8月28日にもう出そろった
令和8年8月28日(金)の14時から16時まで、社会保障審議会 介護給付費分科会(第263回)が開かれました。議題は1つだけです。議事次第にはこう書かれています。
1. 令和9年度介護報酬改定に向けて
・介護人材確保に向けた処遇改善等
・介護現場の生産性向上等の推進
・高齢者虐待の防止/介護現場における安全性の確保、リスクマネジメント
・災害時等における業務継続の取組の強化等
・介護現場におけるハラスメント対策
この5つが、そのまま資料1から資料5になっています。改定率も単位数もまだ何も決まっていません。ただ、厚労省が「令和9年度改定でここを触る」と宣言した順番が、この並びです。
経営者が見るべきは、答えではなく問いのほうです。分科会の資料は各テーマの最終ページに「論点」という1枚を必ず置いていて、そこに書かれた疑問文が、そのまま来年の告示の骨になります。5つの問いを、順に開いていきます。
論点1 次に問われるのは加算の「数」だ
資料1の論点は、賃上げの話で終わっていません。最後の一文が本題です。
利用者のわかりやすさという観点や介護サービス事業者の事務負担軽減の観点から、介護職員等処遇改善加算やサービス提供体制強化加算についてどのように考えるか。(資料1 介護人材確保に向けた処遇改善等)
処遇改善加算とサービス提供体制強化加算を名指しして、わかりやすさと事務負担の観点から考え直す。これは加算の統合か、要件の整理か、少なくとも今の形のままではない、という意思表示です。
背景には、直前の改定があります。同じ資料1には、令和8年度介護報酬改定で「介護従事者を対象とした幅広い措置に加え、生産性向上等に取り組む事業者の介護職員を対象にした上乗せ措置を実施(令和8年6月施行)」と書かれています。この6月に動いたばかりの上乗せ措置が、次の改定の前提として扱われている。
Dさんの「取りにいけません」は、加算が足りないという話ではありませんでした。要件を読み解いて、様式を埋めて、実績報告を出す人がいない。加算が1つ増えるたびに、事務室の作業だけが増えていく構造です。
今やることは1つです。自法人が今どの加算をいくら取っているのかを、事業所別に1枚の表にしておく。単位数、算定要件、担当者名、直近の届出日。それだけで、簡素化が来たときに「うちは得なのか損なのか」を数分で判定できます。逆にこの表がないと、改定の内容が出てから3か月かけて調べ直すことになります。
論点2 生産性向上の加算は通所と訪問にも広がるのか
現行の生産性向上推進体制加算は、令和6年度改定の資料で(Ⅰ)100単位/月、(Ⅱ)10単位/月と設定されています。対象は短期入所系、居住系、多機能系、施設系のみ。訪問系と居宅介護支援は、そもそも算定できません。ここを取り違えている事業所を、私は何度か見ています。
その前提で、資料2の論点を読みます。
令和6年に新設した施設系サービスの生産性向上推進体制加算について先進的な取組への評価のあり方や訪問系・通所系サービスの生産性向上の取組の評価等についてどのようなものが考えられるか。(資料2 介護現場の生産性向上等の推進)
訪問系・通所系という言葉が、加算の文脈で明示されました。加えて「特に夜間の見守り機器の活用による職員の業務時間の削減等が見られたことを踏まえ、夜間の見守り機器を活用した場合の方策」という一文もあります。
ここで効いてくるのが記録です。生産性向上の加算は、機器を買っただけでは算定できません。委員会を開き、ガイドラインに沿って業務改善を続け、効果を示すデータを出すことが要件になっています。つまり導入日ではなく、導入後の運用が問われる。
もし見守り機器やインカム、記録ソフトを既に入れているなら、今月から「何時間減ったか」を測り始めてください。夜勤帯の巡回回数、記録にかかる分数、申し送りの所要時間。数字は後から作れません。
論点3 事故防止のルールが、そもそも無いサービスがある
資料3の論点は、こう書かれています。
介護現場の安全性の確保に関して、介護保険施設のほか、現行運営基準に安全管理措置の規定がない居宅サービス事業所等における実効性のある事故発生予防・再発防止を推進する観点から、どのような方策が考えられるか。(資料3 高齢者虐待の防止/介護現場における安全性の確保、リスクマネジメント)
安全管理措置が運営基準に定められているのは、介護老人福祉施設、介護老人保健施設、介護医療院の3つです。通所も訪問も、規定がない。その状態で何が起きているかを、同じ資料が数字で示しています。
- 事故発生防止のための指針を「事業所単独で策定している」…54.5%
- 安全管理担当者を「事業所単独で配置している」…52.0%
- 安全対策委員会を「事業所内のみの単独で設置している」…40.8%
- 安全管理に関する職員研修を「事業所内のみの単独で実施している」…56.6%
単独で、という条件付きの数字です。法人本部でまとめている事業所も相当数あるはずで、これをそのまま「半分が何もしていない」と読むのは乱暴でしょう。それでも、委員会を事業所内に置いている通所・居宅が4割という数字は、規定がないサービスの実態をよく表しています。
報告の仕組みも変わります。資料3は、事故情報の報告について「『介護サービス情報公表システム』を活用し、事故情報の報告のためのサブシステムを新たに構築することとしてはどうか」と提案し、市町村が受付と集計、都道府県が広域集計と助言、国がデータベース構築と分析、という役割分担案まで書いています。
紙とファクスで市町村に送っていた事故報告が、全国で1つの箱に集まる。集まったデータは傾向分析に使われ、現場に返ってきます。指針、担当者、委員会、研修。この4点セットを、通所と訪問でも先に作っておく。義務化されてから慌てて作った指針は、たいてい使われません。
論点4 BCP減算0.09%という数字の読み方
ここが、今回いちばん驚いた資料でした。
令和6年度改定で導入された業務継続計画未策定減算は、施設・居住系サービスで所定単位数の100分の3、その他のサービスで100分の1を減算する仕組みです。かなり重い減算だと受け止められてきました。
その算定実績が、資料4に載っています。介護保険総合データベースの任意集計(令和7年11月サービス提供分)です。
- 通所介護…請求24,316事業所のうち減算算定は23事業所(0.09%)
- 通所リハビリテーション…7,651事業所のうち49事業所(0.64%)
- 訪問介護…35,382事業所のうち0事業所(0.00%)
- 居宅介護支援…35,629事業所のうち0事業所(0.00%)
ゼロです。訪問介護3万5千事業所で、1件も減算されていない。
理由は、減算の要件そのものにあります。介護保険最新情報Vol.1225の問164は、減算の対象を「感染症若しくは災害のいずれか又は両方の業務継続計画が未策定の場合、かつ、当該業務継続計画に従い必要な措置が講じられていない場合」と説明したうえで、こう続けます。周知、研修、訓練、定期的な見直しの実施の有無は、減算の算定要件ではない、と。
計画書が1冊あれば、減算されない。訓練をしていなくても、見直していなくても。
そして資料4の現状認識は「令和7年度時点で、ほぼすべての介護事業所等においてBCPが策定されており」です。策定率はもう飽和した。だから論点はこう書かれます。
業務継続計画の策定等の措置について、現在の取組状況や社会福祉施設等における災害発生時の様々な応急対策活動の拠点としての機能が求められていること等を踏まえ、報酬上の措置のあり方や経過措置が設けられているサービスの取扱いについてどう考えるか。
報酬上の措置のあり方。策定したかどうかを問う段階は終わり、次は中身が問われます。何が足りていないかも、同じ資料が具体的に指しています。
近隣法人や所属団体との協力関係が計画され、重要なものは協定が締結されているか。「十分にできている」「だいたいできている」と答えたのは、施設系39.3%、訪問系25.0%、通所系25.8%。施設系ですら約6割が不十分です。立地も他人事ではありません。浸水想定区域35.1%、土砂災害警戒区域13.1%、津波災害警戒区域7.3%、いずれにも該当しない50.5%。約5割の施設・事業所が、何らかのハザードエリアの中にあります。
9月にやるなら、これが一番安い一手です。近隣の同業1法人に声をかけて、災害時にどちらかが止まったときの利用者の受け入れと職員の応援について、A4で1枚の覚書を交わす。文面は難しくありません。難しいのは、その電話をかける踏ん切りだけです。
論点5 「サービスを断れる」条件が議論に乗った
資料5はカスタマーハラスメント対策です。介護報酬や運営基準等において実効性のある対策を進める、という論点が立っています。訪問介護・看護では既に複数名訪問の加算があり、利用者の同意が得られない場合も地域医療介護総合確保基金の補助事業で費用を助成している、という現状整理も添えられています。
ただ、経営者として本当に見てほしいのは最後の論点です。
介護事業所は、法令上、「正当な理由」なくサービス提供を拒否してはならないとされているが、その「正当な理由」の有無は個別具体的な事情に照らして判断されるものとなっているところ、職員の安全性の確保と、必要なサービス提供の継続の両面の観点から、運営基準等における位置づけやサービス提供しない場合の柔軟な対応について、どのような方策が考えられるか。(資料5 介護現場におけるハラスメント対策)
提供拒否の「正当な理由」を、運営基準の中に位置づけ直す。この検討が始まりました。
これまで現場は、職員が暴言を受けても「断る根拠がない」という理由で通い続けてきました。管理者が独断で止めれば、後から運営指導で提供拒否を問われる。だから止められない。その板挟みが、制度の側で解かれる可能性があります。
準備は記録です。日時、発言、対応した職員名、その後の措置。この4項目が入った様式を1つ決めて、今日から書き始めてください。基準が変わったときに効くのは、変わってから作った記録ではありません。
この5つを前に、9月中にやることは3つだけ
令和9年度改定の中身は、これから1年かけて詰まっていきます。今の段階で単位数を予想しても意味がありません。やるべきは、どの論点に転んでも効く準備です。3つに絞りました。
- 加算の棚卸しを1枚にする。事業所別に、算定中の加算・単位数・担当者・直近の届出日。処遇改善加算とサービス提供体制強化加算は特に丁寧に。論点1が動いたとき、この1枚が判断材料になります
- BCPの連携先を1件、紙にする。近隣法人との受け入れ・応援の覚書をA4で1枚。策定率が飽和した以上、次に問われるのは連携です
- カスハラの記録様式を1つ決める。日時、発言、対応者、措置。書式が無ければ記録は残りません
どれも、外注しなくてもできます。ただ、これを日常業務の合間にやりきれる事務体制があるかどうかは、また別の話です。Dさんの事業所も、加算の一覧表は「作らないといけないのは分かっている」状態のまま2年が過ぎていました。
改定は、準備した法人と準備しなかった法人の差を、そのまま報酬の差にして返してきます。来年の4月ではなく、今月の話です。
出典・参考情報
- 社会保障審議会介護給付費分科会(第263回)(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 第263回 介護給付費分科会 議事次第(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 資料1 介護人材確保に向けた処遇改善等(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 資料2 介護現場の生産性向上等の推進(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 資料3 高齢者虐待の防止/介護現場における安全性の確保、リスクマネジメント(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 資料4 災害時等における業務継続の取組の強化等(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 資料5 介護現場におけるハラスメント対策(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 令和6年度介護報酬改定における改定事項について(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
- 介護保険最新情報Vol.1225(令和6年度介護報酬改定に関するQ&A Vol.1)(厚生労働省、確認日:2026年09月01日)
※ 上記リンクは掲載時点のものです。制度内容は今後の分科会の議論により変わります。最新の情報は各省庁の公式サイトでご確認ください。
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