訪問看護経営実態調査 新設 今から整える3点【2026】
11月2日、月曜の朝8時半。名古屋市内の訪問看護ステーションで、管理者のEさんがデスクに1枚の資料を広げていました。タイトルは「訪問看護経営実態調査について(案)」。
「これ、うちにも回答が回ってくるんですかね」。Zoomの画面越しにEさんが見せてくれたのは、医療保険と介護保険の収入がひとつの売上科目にまとまった試算表でした。正直、この表のままでは答えようがありません。
2026年10月28日の中央社会保険医療協議会(中医協)総会で、厚生労働省は訪問看護ステーションの経営を調べる新しい調査を始める案を示しました(中医協 総会(第660回)議事次第)。調査月は令和9年6〜7月。まだ先の話に見えます。ところが、そのとき書く数字は、いまから帳簿を分けておかないと出てきません。
新しい調査が見たいのは、医療保険分のお金の流れだけ
資料の書き出しはこうです。
医療費の増加傾向が続く中で、指定訪問看護事業所における医療保険分の収支構造や経営実態を適切に把握することが重要な課題となっている。
ポイントは「医療保険分」という限定です。医療保険と介護保険の両方から収入を得ている事業所なら、国が今回見に来るのは、そのうち診療報酬で動いている側の収支構造です。介護保険の売上と混ぜたままの決算書では、この問いにまっすぐ答えられません。
2年に1度の医療経済実態調査は昭和42年から続いていて、対象は病院・一般診療所・歯科診療所・保険薬局の4つです(中医協 総-4 第26回医療経済実態調査について(案))。この4つに、訪問看護ステーションは挙がっていません。だからこそ、別建ての調査を新しく作るという判断になったわけです。
きっかけは、令和8年度診療報酬改定の答申に付いた附帯意見でした(中医協 総-5 訪問看護経営実態調査について(案))。
訪問看護について、同一建物居住者への訪問看護の評価の見直しや、一連の訪問看護を1日あたりで包括的に評価する仕組みが新設されたこと等を踏まえ、指定訪問看護事業所の経営状況等の把握や今回改定の検証を行った上で、評価の在り方について引き続き検討すること。
附帯意見にはもう1つ項目があります。精神科訪問看護の利用者が増加傾向にあるため、利用者の状態や提供内容も含めて評価の在り方を検討する、というものです。同一建物の利用者が多い事業所、精神科訪問看護の比率が高い事業所。調査結果がいちばん効いてくるのは、おそらくこのあたりです。
では、なぜ調査月が令和9年6〜7月だと厄介なのか。カレンダーを1枚めくると見えてきます。
調査月の令和9年6月、ベースアップ評価料は2倍になる
訪問看護ベースアップ評価料(Ⅰ)は、令和8年厚生労働省告示第74号による算定方法の改正で、利用者1人につき月1回1,050円とされました。継続して賃上げに取り組んだステーションは、代わりに1,830円を算定します(告示第74号 訪問看護ベースアップ評価料の抜粋)。
同じ告示に、次の一文があります。
1について、令和9年6月以降においては、所定額の100分の200に相当する額により算定する。
つまり令和9年6月から、1,050円は2,100円に、継続賃上げの1,830円は2,880円に変わります(令和8年度診療報酬改定の概要 訪問看護ステーション向け抜粋)。収入の行が動く月と、国が経営を調べる月が重なっているんです。
収入が増えれば、賃金改善の支出も同じ月に動きます。評価料の入金と給与の上乗せが同じ「売上」「給与手当」にまぎれていたら、どこまでが評価料の効果で、どこからが本業の収支なのか。回答する側も、読む側も区別できない。
「調査月」がその月の数字を書く意味なのか、調査票を配る時期を指すのか。総-5の資料からは読み取れません。どの期間の決算や月次データを求めるかは、これからの調査実施小委員会で決まる話です(要確認)。
決まっていないからこそ、どう聞かれても答えられる形にしておくのが一番安い。具体的には3つです。
今から整える3点は、どれも「分けて残す」作業
1. 医療保険分と介護保険分の収入を、月次で別の科目にする
試算表の売上を、少なくとも医療保険と介護保険と自費の3本に分けます。会計ソフトの補助科目を1つ足せば済むことが多いです。人件費のように両方にまたがる費用は、訪問件数や訪問時間で按分する基準を、いまのうちに1つ決めて書き残しておく。基準が毎年変わると、前年と比べられなくなります。
2. 同一建物と1日包括の対象利用者を、改定前後で並べられるようにする
附帯意見が名指ししたのは、同一建物居住者への評価の見直しと、1日あたりで包括的に評価する仕組みでした。該当する利用者の人数・訪問回数・算定した療養費を、改定前と改定後で並べられる表にしておきます。レセプトソフトの中にデータがあるだけでは足りません。月をまたいで比べられる表に、毎月1行ずつ書き出しておくことが大事です。
3. ベースアップ評価料の入金と、賃金改善の支出をひも付ける
評価料の収入と、それを原資にした給与の上乗せ額を、毎月同じ表に記録します。どうせ賃金改善の計画や実績の書類を作るなら、その数字を経営の月次資料にも流用できる形にしておく。令和9年6月に単価が2倍になる前に、この1行を作っておけるかどうかで、来年の手間がまるで違います。処遇改善加算の算定状況については、以前の記事で判断の材料を整理しました。
3つとも、新しい帳票を増やす話ではありません。いまある数字を混ぜずに残すだけ。それでも、私が見ている範囲でここまで分けている事業所は、まだ多くありません。
まだ決まっていないことを、決まったように動かない
総-5が調査実施小委員会の論点として挙げているのは、次の3つです。
- 調査方法(調査対象、調査客体抽出方法等)
- 調査項目
- 有効回答率の向上策
どの事業所が対象になるのか、全数なのか抽出なのか。何を書かせるのか。いずれも、この先の小委員会で事務局が実施案を出し、了承されてから固まります。結果の報告は令和9年11月中旬の予定で、スケジュールは医療経済実態調査と同じ並びです。
なので、いま調査票の中身を予想して身構える必要はありません。見るべきは「有効回答率の向上策」が論点に入っている点です。回答が集まらなければ、実態とずれた数字が次の改定の土台になります。Eさんのステーションのように試算表が1本にまとまったままだと、調査票が届いても締め切りまでに答えを作れません。回答を見送る事業所も出てくるでしょう。
調査の結果は、今後の診療報酬改定を検討する基礎資料に使われると資料に書かれています。回答しなかった事業所の実態は、その資料に載りません。
帳簿を分ける作業は、管理者さんが訪問の合間にやるには細かすぎる仕事です。科目の切り分けや按分基準づくりは、うちのような外部の事務チームに任せてもらって構いません。Eさんの試算表も、まずは売上の行を3本に割るところから始めました。
出典・参考情報
- 中央社会保険医療協議会 総会(第660回)議事次第(厚生労働省、確認日:2026年11月2日)
- 総-5 訪問看護経営実態調査について(案)(厚生労働省、確認日:2026年11月2日)
- 総-4 第26回医療経済実態調査について(案)(厚生労働省、確認日:2026年11月2日)
- 令和8年厚生労働省告示第74号 訪問看護ベースアップ評価料の抜粋(厚生労働省、確認日:2026年11月2日)
- 令和8年度診療報酬改定の概要 訪問看護ステーション向け抜粋(厚生労働省、確認日:2026年11月2日)
※ 上記リンクは掲載時点のものです。訪問看護経営実態調査は中医協で示された案の段階であり、調査対象や調査項目は今後の調査実施小委員会で決まります。最新の情報は厚生労働省の公表資料をご確認ください。
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