訪問看護の個別指導 選定基準に平均請求額 備え3点【2026】
20件。令和5年度に地方厚生(支)局と都道府県が実施した、訪問看護ステーションへの個別指導の件数だ。
同じ年度の請求事業所数は16,726。単純に割れば0.12%で、宝くじのような確率に見える。
その前提が令和7年4月3日に変わった。厚生労働省保険局が「指定訪問看護事業者等の指導及び監査について」(保発0403第1号)を一部改正し、個別指導の選定基準に一行を足したからだ。足された基準は、請求額の高い順に選ぶというもの。つまり、通報や情報提供がなくても、数字だけで名前が挙がる道ができた。
20件の内訳を見ると、端緒がほとんど一つしかなかった
改正前の選定基準は6項目あったが、実務上、個別指導の入口はほぼ「情報提供」だった。誰かが何かを言ってこなければ動かない。だから件数も平成30年度17件、令和元年度11件、令和2年度7件、令和3年度15件、令和4年度18件、令和5年度20件と、二桁の前半で横ばいだった。
一方で、ステーションの数と金額は横ばいではない。訪問看護ステーション数は平成30年度の10,692から令和5年度の16,726へ。医療保険の訪問看護療養費は、平成20年から令和5年までの15年間で算定件数が94万件から610万件へ約6.5倍、年間医療費は648億円から6,072億円へ約9.4倍に増えている(中央社会保険医療協議会 総会 総-12)。
母数が6.5倍になっても指導は20件。この非対称を、厚労省側が放置しないと決めた。それが今回の改正の出発点だ。
令和7年4月3日、選定基準に⑤が足された
新設された都道府県個別指導の選定基準は、条文でこう書かれている。
訪問看護療養費請求書の 1 件当たりの平均額が高い訪問看護ステーション(ただし、取扱件数の少ない訪問看護ステーションは除く。)について 1 件当たりの平均額が高い順に選定する。
(保発0403第1号・令和7年4月3日、全国訪問看護事業協会掲載)
読み方の勘所は「順に選定する」の部分にある。閾値を超えたら対象、という書き方ではない。高い順に並べて上から取る、という相対評価だ。自分の請求単価が去年と同じでも、周囲が下がれば順位は上がる。
では、どのあたりが「高い」なのか。中医協に出た集計では、医療保険の訪問看護療養費の1人当たり1月の請求額は3万円台が最も多く、平均は98,125円、中央値は67,140円。最大値は1,162,640円。分布の裾は、ずいぶん長い。
もう一つ、増加率の階層差も出ている。レセプト1件当たり平均医療費が10万円未満のステーションは136%の増加率であるのに対し、50万円以上のステーションは717%。厚労省が「高い順」で線を引きたくなる理由が、この数字に全部書いてある。
ここで冷や汗をかいてほしくないのは、単価が高いこと自体は不正ではないという点だ。精神科重症患者支援管理連携加算を算定していれば単価は上がる。24時間対応で緊急訪問が多ければ上がる。難病や医療的ケア児を多く受けていれば当然上がる。問題は、その理由を書類で説明できる状態にしてあるかどうか。
なお、改正では複数の都道府県にステーションを持つ事業者に対して、本省・地方厚生局・都道府県による共同指導の枠組みも新設された。多拠点展開している事業者は、こちらも自分事だと思っておいたほうがいい。
通知が来てから、連続2か月分をそろえられるか
個別指導は、当日いきなり来るわけではない。事前に実施通知が届く。記載されるのは4つ。
- 個別指導の根拠規定及び目的
- 指導の日時(土曜日及び休日を除く。)及び場所
- 出席者
- 準備すべき書類等
そして指導そのものは、こう定義されている。
指導は、原則として指導月以前の連続した 2 カ月分の訪問看護療養費請求書に基づき、関係書類等を閲覧し、面接懇談方式により行う。
連続2か月分。ここが一番効く。
請求書だけを出せばいい話ではない。その請求を成立させた指示書、計画書、報告書、訪問看護記録書Ⅰ・Ⅱ、加算の算定要件を裏づける記録。この束を、指定された2か月分について、患者ごとに突き合わせられる形でそろえる必要がある。
出席者も指定される。指定訪問看護事業者(又はこれに代わる者)と管理者は必須。加えて、必要に応じて指定訪問看護担当者と訪問看護療養費請求事務担当者の出席も求められる。つまり、請求事務を外部の請求代行に丸投げしていて社内に説明できる人がいない、という状態は、その場で露呈する。
指導が終わると、措置は4区分に分かれる。概ね妥当、経過観察、再指導、要監査。要監査まで行けば話は別次元になるし、正当な理由なく個別指導を拒否すれば、その時点で監査に移行する。
東海北陸厚生局のサイトには「訪問看護ステーションにおいて不正請求などが行われた場合の取扱いについて」というページがあり、令和7年7月31日付で指定訪問看護事業者の指定の取消相当の公表が載っている(東海北陸厚生局)。地元の話だ。
準備が属人化していると、どこで詰むか
名古屋市内のあるステーションで、管理者の看護師が一人で請求前チェックをしている、という話を聞いたことがある。月末の三日間、日中は訪問に出て、夜に事務所へ戻って突合する。指示書の有効期間、加算の算定要件、記録の記載漏れ。全部その人の頭の中にある。
回っているうちは、これは強い。判断が速いし、迷いがない。
詰むのは、通知が届いた日だ。
指導実施通知には「準備すべき書類等」が書かれているが、そこから逆算して2か月分を患者ごとに束ね直す作業は、通常業務の上に丸ごと乗る。訪問は止められない。給与計算も月次も止まらない。そこへ、平日日中に行われる面接懇談への出席と、その準備が積み上がる。
しかも準備できるのは、その人しかいない。他の職員は「どのファイルのどこに何があるか」を知らないからだ。属人化のコストは、平常時にはゼロに見えて、こういう日に一括で請求される。
もう一つ厄介なのが、当日の説明だ。単価が高い理由を聞かれたときに、「重症の方が多いので」では通らない。どの患者のどの加算が、どの記録のどの記載で要件を満たしているのか。書類を指差して答えられるかどうかがすべてになる。この整理は、通知が来てから3週間で新しく作れるものではない。
外注するなら、どこを切り出すか
うちが訪問看護ステーションの相談を受けるとき、最初に切り分けるのは「判断が要るところ」と「照合すれば済むところ」だ。
照合すれば済むところは、外に出せる。指示書の有効期間と訪問日の突合。計画書・報告書の作成日と提出先の管理。加算ごとの算定要件と記録の記載有無のチェックリスト化。この3つは、様式とルールが決まっていれば社外の人間でも回せるし、回せるようにすれば管理者の夜の三日間が丸ごと空く。
判断が要るところは、外に出さない。どの加算を算定するか、この患者の状態をどう評価するか、指導当日に何をどう説明するか。ここは管理者と事業者の仕事だ。外注先が代わりに判断すると、責任の所在が消える。
そのうえで、通知が届く前にやっておくことを3つに絞るなら、これになる。
第一に、直近2か月分を通しで並べてみること。今日の時点で「指導が来た」と仮定して、2か月分を患者ごとに束ねる。何時間かかったか、どこで手が止まったかを記録する。所要時間が出れば、外注するかどうかの判断に金額を当てられる。
第二に、単価上位の患者から順に、理由を一行で書けるようにしておくこと。カルテを開かなくても、「この方は精神科の重症患者支援で週3回、うち緊急訪問が月平均2回」と言える状態を作る。相対評価で選ばれる基準になった以上、上位から見られる前提で並べておく。
第三に、管理者以外の誰か一人に、書類の在り処だけでも共有しておくこと。中身の判断まではいらない。どのフォルダに、どの様式が、いつからいつまで入っているか。それだけで、通知が来た日の初動が半日変わる。
20件が来年も20件のままなら、この記事は読み流してもらっていい。ただ、基準が「情報提供があったら」から「高い順に」へ変わったという事実は、もう通知に書かれている。分母は16,726で、順位は毎月更新される。
あなたのステーションは今、その並びの何番目にいるだろうか。
出典・参考情報
- 中央社会保険医療協議会 総会 総-12「訪問看護ステーションの指導監査について」(厚生労働省、確認日:2026年8月20日)
- 「指定訪問看護事業者等の指導及び監査について」(保発0403第1号・令和7年4月3日一部改正)(厚生労働省保険局・全国訪問看護事業協会掲載、確認日:2026年8月20日)
- 訪問看護ステーションにおいて不正請求などが行われた場合の取扱いについて(東海北陸厚生局、確認日:2026年8月20日)
※ 上記リンクは掲載時点のものです。制度・運用は改正されることがあるため、実務判断の際は必ず最新の公表資料をご確認ください。
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