106万円の壁 撤廃後も残る週20時間の判定【2026】
「10月から、パートさん全員が社会保険に入るんですよね」
9月の第2週、愛知県内の介護事業所の事務室で、法人本部の事務長からそう聞かれた。テーブルには翌月のシフト表が広げてあった。赤いペンで書き足された枠がいくつもある。
全員ではない。ただ、この勘違いを抱えたまま10月を迎えると、本部が一番痛い形で気づくことになる。10月に消えるのは要件のうち1行だけで、判定の本体はそのまま残るからだ。
10月に消えるのは月8.8万円の1行だけ
短時間労働者が健康保険・厚生年金保険の加入対象になる条件は、厚生労働省の特設サイトで3つ示されている。週の所定労働時間が20時間以上であること、所定内賃金が月額8.8万円以上であること、学生ではないこと。世間で「106万円の壁」と呼ばれているのは2つ目、月額8.8万円のラインである。
この2つ目が来月なくなる。同ページには「2026年10月に賃金要件を撤廃予定」と明記されている。日本年金機構の特設ページでも、賃金要件(月額8.8万円以上)については、令和8年10月に撤廃されますと書かれた。更新日は2026年9月16日。9月半ばに文言が整えられたわけで、行政側は実施を前提に動いている。
残るのは週20時間と学生要件。つまり10月以降、月8万円しか稼いでいないパート職員でも、週の所定労働時間が20時間以上なら加入対象に入る。壁が消えるのではない。壁が週20時間の一本に寄るだけ。
もう一つ、企業規模の要件と混ぜないでほしい。厚労省の同ページには段階拡大の日程が並んでいる。従業員数51人以上の企業は2027年9月まで、36〜50人の企業は2027年10月から、21〜35人は2029年10月から、11〜20人は2032年10月から、10人以下は2035年10月から。厚労省のQ&Aでも「2027年10月からは常時36~50人の従業員を使用する事業所(現在は51人以上の事業所)」と整理されている。10月の賃金要件撤廃で直撃するのは、すでに適用対象になっている51人以上の法人だ。職員40人の単独法人には、短時間労働者の適用拡大そのものがまだ来ていない。
ただし規模が小さいからといって無関係ではない。労働時間及び労働日数がフルタイムの3/4以上の従業員は、既に社会保険の対象ですと厚労省は書いている。週40時間の常勤がいる事業所なら、週30時間以上働く職員はとうに加入義務の側にいる。適用拡大の話題に気を取られて、この3/4のラインを取りこぼしている法人が実際にある。
障害者就労の現場に関わっている法人には、10月からもう一つ動きがある。年金機構の同ページに、最低賃金の減額特例(最低賃金法第7条)の対象者が健康保険・厚生年金保険に任意加入することができる制度が令和8年10月に始まる、と追記された。減額特例の許可を取って雇用している職員がいるなら、本人への説明材料を先に用意しておきたい。
所定20時間未満でも、実働が2か月続けば3か月目から対象
ここが本部の急所だ。厚労省のQ&Aには、こう書かれている。
所定労働時間が週20時間未満であっても、実際の労働時間が2ヶ月連続で週20時間以上となり、それ以降も続くと見込まれる方は、3ヶ月目から加入対象
契約書の数字が19時間でも、現場が回らない月に1日増やす。翌月も人が戻らないから、また増やす。それで2か月。3か月目から加入対象になる。シフト表で埋めた穴が、そのまま保険料の義務に変わる構造。
残業も無関係とは言えない。厚労省は残業時間は原則含みませんが、常に残業が発生している場合などは、週の所定労働時間の算出に含むことがありますとしている。「原則含まない」を「含まない」と読み替えた法人が、年金事務所の調査で慌てる。うちが相談を受けてきた中で、一番多い読み違えがこれだ。
訪問介護の登録ヘルパー、保育所の早番遅番の補助、クリニックの受付パート。どれも月ごとに実働が動く職種で、しかも本部から見えにくい。事業所ごとの勤怠システムに入っているだけで、本部の名簿には「週19時間」のままで残っている。10月以降、その差分は放置できない。
シフト表より先に直すのは就業規則と雇用契約書
判定の起点は勤怠実績ではない。厚労省のQ&Aは所定労働時間は、就業規則や雇用契約書等で判断しますと書いている。書類に何時間と書いてあるかが先に来る。
月単位で所定労働時間を決めている契約は、換算式が指定されている。同Q&Aによれば、1ヶ月の所定労働時間を52/12で割って判断する。月何時間という書き方をしている法人は、この換算を通すまで20時間の内側か外側か分からない。週で書いている契約より一手間多い。
Reliefの判断としては、10月を待たずに雇用契約書の原本を全部出す。データではなく原本だ。更新のたびに時間を書き換えていて、最新版がどれか本部で分からなくなっている法人が珍しくない。加入させると決めたら、届出は被保険者資格取得届。年金機構の様式で、提出先は管轄の年金事務所。
負担増には保険料調整制度と助成金を当てる
職員側は手取りが減る。そこで説明が止まると、10月の面談が全部もめる。厚労省は事業主向けに軽減の仕組みを用意していて、従業員の保険料負担を通算3年間軽減できる保険料調整制度がその一つだ。
条件を押さえておきたい。対象となる事業所は「2026年10月1日以降に、任意特定適用事業所となることができる事業所」など。対象となる従業員は、週の所定労働時間が20時間以上でフルタイムの3/4未満、月収が13万円未満(標準報酬月額が12.6万円以下)、学生ではない、の3条件をすべて満たす人。そして同ページには制度利用3年目は割合が半減しますとある。3年間まるごと同じ軽減が続くわけではない。
労働時間を延ばす方向で組み立てるなら、キャリアアップ助成金の短時間労働者労働時間延長支援コースがある。同じページの表では、1年目に週所定労働時間を5時間以上延長した場合の支給額が小規模企業50万円、中小企業40万円。4時間以上5時間未満なら基本給5%以上の増加を組み合わせて同額。2年目に労働時間を更に2時間以上延長すると25万円、中小企業は20万円。ここでいう小規模企業とは、常時雇用する労働者の数が30人以下である事業主。職員30人規模の保育所や放課後等デイサービスは、この上乗せの側に入る。
自前で読み切れないなら、社労士の派遣を無料で受けられる。専門家活用支援事業の窓口で、必要なのは「専門家派遣依頼届」の提出。管轄の年金事務所に出す。使わない理由がない制度なのに、存在を知らない本部が多い。
10月1日までに本部が触る3か所
- 雇用契約書と就業規則に書かれた所定労働時間を、パート職員1人ずつ確認する。月単位表記の契約は52/12で週換算して20時間の境目を出す
- 直近2か月の実働が週20時間以上になっていた職員を勤怠データから洗い出す。所定が19時間でも、3か月目から加入対象になる人がここにいる
- 月収13万円未満の対象者を拾い、保険料調整制度を使うかどうかを法人として決める。3年目に軽減が半減する前提で、面談で伝える数字を作る
この3つは全部、本部の書類仕事だ。現場の管理者に投げても答えは出ない。逆に、本部がここを1週間で片づけてしまえば、10月の職員説明は数字を読み上げるだけで終わる。
シフト表の赤ペンは、来月から保険料の請求書に変わる。あの事務長にはそう伝えて、事務室を出た。
出典・参考情報
- 短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の適用拡大(日本年金機構、更新日2026年9月16日、確認日:2026年09月25日)
- 社会保険適用拡大特設サイト 短時間労働者の加入要件(厚生労働省、確認日:2026年09月25日)
- 社会保険適用拡大特設サイト Q&A(厚生労働省、確認日:2026年09月25日)
- 社会保険適用拡大特設サイト 事業主の方へ 支援制度(厚生労働省、確認日:2026年09月25日)
- 社会保険適用拡大特設サイト 社内準備の進め方(厚生労働省、確認日:2026年09月25日)
※ 上記リンクは掲載時点のものです。制度内容・支給額・施行日は今後変更される場合がありますので、実際の手続きの際は各公式ページおよび管轄の年金事務所で最新情報をご確認ください。
あわせて読みたい
株式会社Reliefのサービスで、事業運営を強力サポート!
株式会社Reliefは、医療機関や介護・福祉・保育施設の運営をトータルサポートする専門企業です。
業界特化型のオンラインアシスタント「セレナ」
月一回からはじめる事務長アウトソーシング「困ったときのじむちょー君」
バックオフィスの業務改善・効率化、MoneyForwardクラウドICT・クラウドDX導入支援
経営課題の解決や業務効率化を実現し、貴社の発展を全力でサポートいたします。
現場の事務負担を減らす自社開発アプリも無料で公開しています。
PC・ソフトの台帳づくりを自動化するIT資産管理ツール
社用車・送迎車の記録を一元管理する車両管理アプリ
最新情報のお知らせは公式LINEでお届けしています。お気軽にご登録ください。
