人材開発支援助成金 様式追加──申請前にやる3点【2026年5月】
「助成金、また書類追加されたんですか」金曜の夕方、Aクリニックの院長から電話があった。受話器の向こうで、ため息が止まらない。今日はその夕方の話から始めたい。
厚生労働省の人材開発支援助成金が、令和8年5月14日改正で「受講料等の価格設定に関する疎明書(様式第28号)」の提出を新たに必須化した。職員に研修を受けさせる、その研修費の一部を国に出してもらう。その入口の書類が1枚増えた、という話だ。
1枚増えただけ。事務的にはそう書ける。でも現場では、この1枚で動きが止まる。書類を作る人がいないからだ。私はこの数年、医療・介護・福祉・保育の4業種で同じ景色を何度も見てきた。
3分で書ける書類が、3時間かかる人がいる
様式第28号の中身は、外部研修の受講料が妥当かを発注者が説明するための書類だ。研修会社のパンフレットを取り寄せ、複数社の価格を並べ、なぜこの会社を選んだかを言葉にする。書ける人が書けば、たぶん3分で終わる。
ところが書ける人が、現場にいない。理事長・院長・施設長は患者対応や利用者対応で手が回らない。事務職員は本業の請求・労務で手いっぱい。「誰がこれを書くのか」という、本当はずっと前から答えが出ていない問いに、改正のたびに突き当たる。
うちのクライアントで、この申請を最後までやり切れたのは「研修計画の前に、書類を書く人を1人決めた」施設だけだった。残りは、研修プログラムを組んだあとで書類段階に来て、そこから2か月止まる。先に止まるのは、申請ではなく現場の人材育成のほうだ。
7コース、結局どれが医療・介護・福祉・保育向きなのか
人材開発支援助成金は7つのコースに分かれている。建設業向け2コースと障害者職業能力開発を除けば、医療・介護・福祉・保育の4業種で実際に手が届くのは次の4コースだ。
- 人材育成支援コース:職務関連訓練、OJT付き訓練、正社員化訓練。新人教育の主力
- 教育訓練休暇等付与コース:有給で教育訓練を受ける制度を導入したとき
- 人への投資促進コース:デジタル人材・高度人材育成、自発的な訓練
- 事業展開等リスキリング支援コース:新規事業に伴う訓練
「うちで一番使えるのはどれか」と聞かれたら、私は迷わず人材育成支援コースを最初に検討する。新人ヘルパー、新人保育士、新人歯科衛生士、入職1年目の事務職員。一番動かしやすい層に手が届くからだ。ただし「正社員化訓練」を狙う場合は、就業規則と雇用契約の整備が前に来る。研修計画より、まず雇用条件を直さないと申請が通らない。
ここで踏み込めるかどうか、それだけの差じゃないか。
申請前に「やってはいけない」ことが3つある
うちが現場で見てきた失敗パターンを、3つに絞って書く。
1つめ。研修を先に始める。計画届の提出前に研修を実施してしまうと、その回はもう助成対象にならない。「来週から始めるから書類間に合わせて」では間に合わない。研修開始日の1か月前を死守する。
2つめ。職員名簿の更新を後回しにする。労働者名簿、賃金台帳、出勤簿。労働基準法でいう「法定3帳簿」の整備状況が、申請の入口で必ず確認される。日々の整備が止まっている施設は、ここで2週間溶かす。
3つめ。OJTの記録を口頭で済ませる。OJT付き訓練のコースは記録が命だ。何月何日、誰が誰に、何を、何時間指導したか。手帳の走り書きでは通らない。様式に合わせた記録票を、研修開始日に同時にスタートさせる。
3つとも、書類の話に見えて、書類の話ではない。日常運用が回っているかどうかの話だ。
うちが見てきた、申請を断念したクリニックの共通点
正直に書く。うちが関わったケースで、人材開発支援助成金の申請を途中で断念した施設には共通点があった。「採用と研修と労務を、別の人が別の表計算ソフトで管理していた」ことだ。
クリニックのB院長のところでは、採用情報は院長のメモ、研修記録は看護主任のノート、労務は社労士の手元、賃金台帳は事務員のExcel。書類提出の段になって、「誰がどの日に何時間研修したか」を突き合わせる作業が始まり、結局3週間で力尽きた。
これは「人がサボった」話ではない。情報の置き場がバラバラだったので、突き合わせ作業の人件費のほうが助成額を上回る、という単純な経済の話だ。
うちでクライアントに最初にお願いしているのは、こうした女性活躍推進法の一般事業主行動計画や、介護労働安定センターの介護労働実態調査で問われる項目と同じ「労務情報を1か所にまとめる」運用だ。助成金を取りに行くかどうかにかかわらず、ここを整えると、3か月後に効いてくる。
申請を成功させる準備は、研修計画の前に終わっている
結論はシンプルだ。様式第28号が増えたから慌てる、というのは順序が違う。書類1枚で詰むのは、書類の問題ではなく、運用が薄かった証拠でしかない。
これから動くなら、研修テーマを決める前に次の3つを終わらせておくといい。
- 労働者名簿・賃金台帳・出勤簿の現状確認(直近3か月分の整合性)
- 就業規則と雇用契約書の最新版が手元にあるか
- 申請書類を最後まで書き切る人を、施設内で1人指名する
うちのクライアントで、ここまでを2週間で終わらせた施設は、その後の申請でつまずいたことがない。逆に、ここを飛ばして研修プログラムから先に組んだ施設は、ほぼ全部、書類段階で止まった。順番の問題だ。
金曜の夕方、ため息をついていたAクリニックの院長には、月曜の朝に同じ話をした。次に電話がきたとき、声のトーンが変わっていた。書類が増えたから困っていたわけではなかった、という気づきが、本人の中で起きていたのだと思う。
出典・参考情報
- 人材開発支援助成金(厚生労働省、確認日:2026年6月11日)
- 女性活躍推進法特集ページ(厚生労働省、確認日:2026年6月11日)
- 介護労働安定センター(公益財団法人、確認日:2026年6月11日)
- 雇用動向調査(厚生労働省、確認日:2026年6月11日)
※ 上記リンクは掲載時点のものです。改正や移転により内容が変わる場合があります。最新の制度内容は各リンク先を直接ご確認ください。
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