IT補助金2026──医療・介護・保育は賃上げ縛りなし
「IT補助金は中小製造業向け」という認識は、公募要領を読んでいない人の話だ。
医療法人・介護サービス事業者・社会福祉法人・保育所は、補助対象として公募要領に名指しで記載されているうえ、最も面倒な要件のひとつ──賃金引上げ計画──が適用除外になっている。
一般の中小企業より「申しやすい」側にいる。
「IT補助金は製造業や小売り向け」という思い込み
うちが関わる医療・介護・福祉・保育施設の経営者に「デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)はどうですか」と聞くと、だいたいこういう答えが返ってくる。
「あれ、製造業とか小売りの話じゃないですか。うちみたいな施設は関係ないと思ってました」
介護施設のA理事長もそう言っていた。4月の決算期に資金繰りを確認しながら、IT化の費用負担が重いという話になった夜のことだ。私は「一回、公募要領を一緒に読んでみましょう」と提案した。
読み終えたA理事長は、申請準備に入った。
「思い込んでいた」と本人が言った。
誤解が広がった背景は分かる。2024年度まで「IT導入補助金」と呼ばれていたこの制度は、経済産業省が中小企業・小規模事業者を前面に立てて広報していた。2026年、制度名が「デジタル化・AI導入補助金2026」に変わり、運営主体もTOPPAN株式会社へ移管された。中身も変わった。
公募要領に「名前が載っている」法人種別
デジタル化・AI導入補助金2026 通常枠の公募要領には、補助対象者として以下が明示されている。
- 医療法人
- 社会福祉法人
- NPO法人(特定非営利活動法人)
- 学校法人(専修学校・保育所等を含む)
「含まれます」という注釈ではない。対象者の定義のなかに名指しで記載されている。
出典:デジタル化・AI導入補助金2026 通常枠 公募要領(独立行政法人中小企業基盤整備機構 / TOPPAN株式会社 運営)
介護サービス事業者はNPO法人・社会福祉法人・医療法人のいずれかの形態で運営している場合が多く、実質的に介護業界のほとんどがカバーされている。
「うちは医療法人だから無関係」ではなく、「うちは医療法人だから名指しで載っている」が正しい読み方だ。
賃金引上げ計画要件──ここで一般企業は詰まる
IT補助金の申請で最も「難関」とされるのが、賃金引上げ計画の提出だ。
申請書に「事業計画期間中に従業員の賃金をいくら引き上げるか」を書き込む。達成できなかった場合は補助金の一部返還を求められる。採択後に目標を果たせなかったケースも実際にあり、「採択=ゴール」ではないという認識がだいぶ広まっていた。
このリスクを恐れて、申請を見送る事業者が少なくない。
ここが今日の核心だ。
以下の事業者は、賃金引上げ計画要件の適用除外となっている。
①保険医療機関・保険薬局
②介護サービス事業者
③社会福祉事業者
④学校・専修学校等
なぜ除外されるか。これらは収入が診療報酬・介護報酬・保育所運営費等の公定価格で決まっており、自社の裁量だけで賃上げの原資を自由に生み出せる構造にない。行政側もその実態を認めた結果、賃金引上げ計画の提出義務から外した。
一般の製造業や流通業は、このハードルを乗り越えながら申請する。医療・介護・保育・社会福祉はそのハードルがない。
「申しやすい側にいる」という話は、数字を盛っているわけでも、煽っているわけでもない。公募要領にそう書いてある。
通常枠の補助額と補助率
補助額は以下の2段階で設定されている。
1プロセス以上のITツール導入
補助額:5万円〜150万円未満
補助率:1/2以内(最低賃金近傍事業者は2/3以内)
4プロセス以上のITツール導入
補助額:150万円〜450万円以下
補助率:1/2以内
「プロセス」は業務の種類を指す。会計・勤怠・労務・予約管理・電子カルテ──それぞれ1プロセスにカウントされる。複数のソフトをセットで入れると4プロセスを超えやすく、上限450万円が現実の射程に入ってくる。
申請は2026年3月30日から受付開始済みだ。ローリング締切(複数回の締切を順次設定して受付を継続する方式)で運用されており、5月29日・6月1日にはシステムメンテナンスが予定されている。メンテ直前に動き始めると登録作業が止まるリスクがある。今週中に動いておく合理的な理由がそこにある。
今週中に確認すべき3点
申請を検討するなら、最初に整理すべきことが3つある。
①登録IT支援事業者の確認
この補助金は「登録IT支援事業者」と組んで申請する。公式ポータル(https://it-shien.smrj.go.jp/)で、自施設が導入を検討しているソフトやツールが補助対象になっているか確認する。使いたいツールが登録外なら、同等の登録ツールへの乗り換えか、別補助金の検討が必要になる。
②対象業務プロセスの特定
申請書には「何のプロセスを何のツールで改善するか」を書く。会計・勤怠・シフト管理・電子カルテ・介護記録ソフト──自施設で今一番、紙と手作業が多い業務はどこか。そこを先に絞り込んでおく。
③適用除外の自己確認
賃金引上げ計画の提出が不要かどうかを、自法人の種別で確認しておく。申請フォームの中でも該当項目の選択が必要になるため、事前に整理しておくとミスを防げる。不安なら行政書士か補助金専門機関に確認するのが最短ルートだ。
「IT補助金は中小製造業の話」と一度思い込んだら、何年でもそのまま止まってしまう。
公募要領は毎年変わる。今年の版は、医療・介護・保育が有利な設計になっている。
あなたの施設が対象外かどうか、確かめる前に諦めた記憶がある経営者の方は──もう一度、今年版の公募要領を開いてみてほしい。
