2026年度診療報酬改定でクリニックの事務スタッフにも賃上げ義務 ─ ベースアップ評価料の新ルールと採用が変わる理由
6月から受付スタッフの「賃上げ計画」が診療報酬に直結する
2026年度診療報酬改定は、6月1日から施行される。全体の改定率はネット+2.22%(診療報酬本体+3.09%、薬価・材料-0.87%)で、12年ぶりのプラス改定となった(厚生労働省 令和8年度診療報酬改定について、確認日:2026年5月8日)。
この改定の目玉のひとつが「外来・在宅物価対応料」の新設だ。初診料・再診料に+2点が自動的に上乗せされる。施設基準の届出は不要で、すべての医療機関に自動適用される。再診料は75点から76点に増え、物価対応料2点を加えると78点になる(m3.com 2026年2月13日記事、確認日:2026年5月8日)。
もうひとつが、「ベースアップ評価料」の対象拡大だ。2024年改定で導入された同評価料は、これまで医療系職種(看護師・理学療法士・薬剤師等)が主な対象だった。2026年改定では事務職員(受付・医師事務作業補助者・診療情報管理士等)も対象に明示的に含まれた(厚生労働省 ベースアップ評価料について、確認日:2026年5月8日)。
B院長の疑問はここから来ていた。今まで「受付は対象外」という理解でいたクリニックが多い。だが6月以降は違う。
ベースアップ評価料の仕組み ─ 「計画→届出→報告」3つの義務
ベースアップ評価料は、診療報酬本体改定率3.09%のうち1.70%分を賃上げに充てることを担保する仕組みだ。算定するには以下の3ステップを踏む必要がある。
- 賃金改善計画の作成(5月中に提出推奨):前年度比で3.2%以上の賃金引き上げを計画として書面にまとめる。対象職種の人数・基本給・手当の現状と改定後の予定を記載する。
- 施設基準届出(6月1日が正式締切):地方厚生局に届出を行う。GemMed(2026年4月)の報告によれば、処理ラグを考慮して5月18日までの届出を推奨している(確認日:2026年5月8日)。今日は5月8日なのでまだ間に合う。
- 賃金改善実績報告(2026年8月提出):6月から8月の賃金改善実績を集計し、8月に報告書を提出する。
この3つをやり切って初めて「ベースアップ評価料」が算定できる。逆に言えば、6月1日に届出なしで開院してしまうと、少なくとも次の改定タイミングまで算定できない。受付スタッフに賃上げをしながら診療報酬から補填できないまま運営することになる。
「賃金改善計画って何から書けばいい?」という院長には、今すぐ地方厚生局のウェブサイトか、かかりつけの社会保険労務士に確認してほしい。様式は地域によって細かく違うが、基本項目は共通している。
まだ間に合う ─ ただし今週が事実上のラスト
今日は5月8日。施設基準届出の推奨締切(5月18日)まで10日ある。地方厚生局の処理日数は概ね5〜7営業日とされているから、今週中に書類を準備して来週前半に提出すれば間に合う計算だ。
正式な締切は6月1日だが、ギリギリに出すと6月中の算定が確認できない状態になるリスクがある。5月18日という推奨日は、こうした行政処理のラグを踏まえたバッファだ。
B院長に私がLINEで伝えたのはシンプルだった。「今週か来週頭に書類出せれば、受付さんの賃上げを6月から診療報酬でカバーできます。出さないと、賃上げしても自腹になります」。翌朝、「うちの事務長に転送しました」と返ってきた。
こういう情報を届けるタイミングは、制度施行の1か月前だ。それを過ぎると「まあ次の改定まで待とうか」という判断になりがちで、実際には3年待つことになる。
採用の武器にする「賃金改善計画→求人票更新」の3ステップ
ここからが今回の記事で一番伝えたいことだ。
診療報酬の改定で賃上げの財源ができたとき、多くのクリニックは内部の給与計算を更新するだけで終わる。求人票は変えない。ハローワークの掲載情報も変えない。せっかく給与水準が上がったのに、外から見えない状態で放置する。
これはもったいない。採用の武器が手に入ったのに倉庫にしまったままにしているようなものだ。
賃上げを採用に転換する3ステップを整理する。
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賃金改善計画が確定したら「月給+手当の新額」をすぐ数値化する
「時給1,350円→1,400円」「月給22万円→22万7,000円」のように具体的な数字に落とす。「賃金改定あり」という抽象表現は求職者に伝わらない。数字が求人票の第一印象を変える。 -
ハローワーク・Indeedの掲載情報を6月1日当日か翌週に更新する
改定施行直後に更新することで「新しい給与体系の情報」として認識される。更新タイミングは掲載順位にも関係する(Indeedはアクティビティが高い求人を上位表示する傾向がある)。 -
「なぜ上がったか」を求人票のフリーコメント欄に一言書く
「診療報酬改定に基づく賃金改善計画を届出済みです」の一文を添えることで、この給与水準が制度的に裏付けられていることが伝わる。求職者、特に医療系の経験者には「きちんと届出している施設」という信頼シグナルになる。
ここで重要なのは、賃上げと採用活動を同じ月内に動かすことだ。6月に賃上げして、求人票の更新が9月になった施設は実際にある。間があくほど、採用への転換効率が落ちる。
賃上げしても採用が変わらない施設が陥るパターン
処遇改善加算を満額算定して、月給を業界平均より高く設定しているのに採用がうまくいかないクリニックを、私はそれなりに見てきた。問題は給与ではない場合が多い。
一番多いのは「入った後のリアルが伝わっていない」パターンだ。求人票には書かれていないが、実際は月末の診療費計算でサービス残業が2〜3時間ある、院長の指示が変わりやすいので都度確認が必要、スタッフ同士のコミュニケーション密度が低い──こういった職場の実態が候補者に届かない。面接で聞かれないと話さない文化が残っている施設では、賃上げで入ってきた人が90日以内に辞めるサイクルが繰り返される。
もうひとつは「給与以外の選択理由」を作っていないパターンだ。同じ時給・同じ通勤距離の施設が2つ並んでいたとき、求職者が選ぶのはどちらか。口コミ評価、院長のSNS発信、職場見学の有無など、給与以外の情報量が差を作る。
処遇改善の届出は「採用活動の入口」でしかない。届出して求人票を更新する。それが最低ラインで、その先に職場環境の情報発信や採用面接の設計という話が続く。
今日これを読んでいるクリニックの院長や事務長に伝えたいのは、今週の数日間でできることがある、ということだ。届出の準備を始めて、賃金改善計画の下書きを作って、求人票の文言を更新する準備をする。それだけで6月以降の採用状況は少し変わる可能性がある。
出典・参考情報
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」(厚生労働省、確認日:2026年5月8日)
- 厚生労働省「ベースアップ評価料について(令和8年度改定対応)」(厚生労働省、確認日:2026年5月8日)
- m3.com「初診料291点は据え置き、再診料は1点増の76点、2026年度改定を答申」(m3.com、確認日:2026年5月8日)
- GemMed「2026年6月から新点数等を算定する場合、可能な限り「5月18日までの施設基準届け出」を」(GemMed、確認日:2026年5月8日)
※ 上記リンクは掲載時点のものです。制度の詳細・最新情報は各省庁の公式サイトでご確認ください。
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