【採用・経営者向け】ワークライフバランスは会社の宿題。ワークインライフは会社と個人の“お見合いポイント”である。
採用の現場では、毎年のように「ワークライフバランス(WLB)」という言葉が飛び交います。残業、有給、リモート、育休――どれも大事です。
ですが本音を言えば、これは企業が最低限クリアすべき“衛生要因”でしかありません。
そして厄介なのは、ワークライフバランスを“採用の売り文句”として前面に出せば出すほど、企業は依存型人材を引き寄せやすくなるという事実です。
では、本当に欲しい人材は何を見ているのか? 人生100年時代において優秀な候補者が気にしているのは、“働きやすさ”ではありません。
「ここで働くことが、自分の人生にとってどんな資産を生むのか?」
この問いに答えるためのフレームが、「ワークインライフ(WIL)」です。
1|ワークライフバランスは「会社の宿題」にすぎない
厳しい言い方をすれば、ワークライフバランスは本来「経営戦略」ではありません。法令遵守と同じで、“やって当たり前”の領域です。
企業がやるべきワークライフバランスは、最低限こういったものです。
- 過度な残業をさせない
- 有給・育休を取得できる制度の設計
- ハラスメント防止
- 柔軟な働き方(リモート・フレックスなど)の提供
- 安全・衛生を含む労働環境の整備
これは、「職場の安全基準」や「食の衛生管理」のようなものです。
飲食店が「うちは食中毒を出しません」と自慢しても意味がないように、企業が「働きやすいです!」とだけ叫んでも、いまの候補者には刺さりません。
優秀な人材ほど、採用説明会で心の中でこうつぶやいています。
「働きやすさは分かった。で、この会社で“働く意味”は何?」
2|ワークインライフとは何か? ― “人生の経営”を本人と企業がすり合わせる領域
ワークインライフ(Work in Life)とは、
「仕事を人生にどう組み込み、どんな未来をつくるのか」という、個人の“人生戦略”です。
ここで大事なのは、これは“個人だけの問題”ではないという点です。
採用は恋愛ではなく「お見合い」に近いものです。相手の人生の数年~十数年を預かる契約である以上、
企業側にも「候補者のワークインライフをどう支援できるのかを具体的に示す責任」があると考えるべきです。
言い換えると、企業は候補者にこう問われています。
「あなたの会社は、私の人生に何を積み上げてくれますか?」
3|採用の本質は「お見合い」――候補者は“人生のリターン”を見ている
採用側は年収・制度・残業などの条件を提示しがちですが、優秀な候補者が本当に知りたいのはそこではありません。
候補者が見ているのは、次の5つの「人生資産」です。
① スキル資産:ここで何が“できるようになる”のか
- どんな業務スキル・専門性が身につくのか
- プロジェクトの設計~実行~改善まで任される経験が積めるか
- マネジメント・リーダーシップを学べるか
例:「3年いれば、〇〇領域で“設計〜実行〜改善”まで一人で回せるレベルになる」
② ネットワーク資産:ここで“誰とつながる”のか
- 現場と経営、両方を見ている人たちと仕事ができるか
- 他職種・他部署との協働があるか
- 業界のキープレーヤーや社外パートナーと接点を持てるか
例:「現場 × 経営、IT × 人事など“橋渡し”ができる人脈が自然とできる」
③ レピュテーション資産:ここでの実績が外の市場でどう評価されるか
- 「〇〇領域の立ち上げ経験あり」と言えるか
- 「××人規模の組織マネジメントをしていた」と胸を張れるか
例:「〇〇分野で新規立ち上げ経験がある人、という評価が他社でも通用する」
④ 自己理解・価値観資産:ここで働くことで自分の軸がどう磨かれるか
- 何が得意で、何に疲弊するのか
- どんな仕事にやりがいを感じるのか
- どこまで責任を持てる人間か
例:「仕事を通じて“好き・得意・価値観”の輪郭がはっきりする」
⑤ ライフデザイン資産:人生全体の設計とどう両立できるか
- 子育て・介護の期間でもキャリアが途切れないか
- キャリアチェンジ・独立への橋渡しになる経験が積めるか
- 働き方の柔軟性と、成長機会の両立が可能か
例:「ライフイベントを挟んでも、“戻って来られるキャリア軸”をつくれる」
この人生5資産を候補者に具体的に提示できる企業は、採用で圧倒的に有利になります。
逆に、「残業少ないです」「働きやすいです」しか言えない企業は、そこそこ良い人は来ても、本当に欲しい人材には刺さらない状態に陥りがちです。
4|ワークインライフ視点で採用ブランドを作る方法
採用にワークインライフ視点を取り入れると、求人情報・面接・オンボーディングの質が一気に変わります。
4-1|「制度の話」ではなく「未来の話」をする
求人票や採用ページで、ついこう書きたくなります。
- 残業少なめ・有給取得率〇%
- フレックス制度あり
- リモートワークOK
もちろん必要ですが、それだけでは足りません。
「ここでの数年が、あなたの人生にどんな価値を生むのか」まで書いて初めて、ワークインライフ視点の採用情報と言えます。
4-2|キャリアの“時間軸”を提示する
たとえば、こんなイメージです。
- 1年目:〇〇業務の担当として基礎スキルを習得
- 3年目:プロジェクトをリードし、顧客折衝まで任される
- 5年目:新規領域の立ち上げや、組織設計の一部に関わる
このように「時間軸付きの成長ストーリー」を候補者に提示できる企業は強いです。
4-3|「会社の宿題」と「個人の宿題」を線引きする
経営者・採用担当は、次のように整理して伝えるべきです。
会社の宿題(=ワークライフバランス)
- 安全・安心な労働環境
- 法令遵守・適切な労働時間管理
- ハラスメント防止
- 働きやすい制度・柔軟な働き方
- 公平な評価と対話
個人の宿題(=ワークインライフ)
- 自分はなぜ働くのか
- 何を積み上げたいのか
- どんな人生を設計したいのか
この線引きが曖昧なままだと、企業は過保護になり、個人は依存的になり、必ずどこかで破綻します。
4-4|採用ページに“ワークインライフ事例”を載せる
数字よりも刺さるのは、実際の社員のストーリーです。
- 子育てしながら管理職になった社員のワークインライフ事例
- 前職では迷子だったが、この会社で自分の軸が見えてきた社員の話
- ここでの経験がきっかけで、社外から評価されるようになった事例
候補者は「制度」だけではなく、“リアルな人生の物語”を見ています。
4-5|面接で「人生の意思決定軸」を聞く
スキル以上に大事なのは、その人が自分の人生をどう扱ってきたかです。例えばこんな質問です。
- これまでで一番大きな決断は何ですか?
- そのとき、何を優先し、何を手放しましたか?
- その決断を、今どう評価していますか?
こうした問いにきちんと向き合える人は、「自分の人生を自分の事業として経営している」傾向が強いです。
5|結論 ― ワークライフバランスは採用の入口条件。ワークインライフは採用の本質。
整理すると、
- ワークライフバランス(WLB):会社の宿題(安全・制度・環境)
- ワークインライフ(WIL):会社と個人の“お見合いポイント”(人生戦略のすり合わせ)
企業は、候補者にこう問われています。
「あなたの会社は、私の人生に何を積み上げてくれますか?」
この問いに、給与と福利厚生以外で答えられない企業の採用は、必ずどこかで頭打ちになります。
逆に、
- ここで働く意味
- ここで積み上がる人生の資産
- ここで挑戦できる具体的な機会
- 会社の責任と、個人の責任の線引き
これらを丁寧に言語化し、候補者に提示できれば、“本当に欲しい人材”が自然と惹き寄せられる採用ができるようになります。
採用とは条件のマッチングではなく、人生戦略の共同設計です。
そしてワークインライフとは、
- 個人が自分の人生を経営する視点であり、
- 企業がそれを尊重し、支援する姿勢でもあります。
この2つを理解し、実務に落とし込んだ企業だけが、長期的に強い組織をつくっていけます。
